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 来たる10月10日(月・祝)、湯福神社では24年ぶりとなる御柱祭が行われます。

 善光寺を守る三鎮守(さんちんじゅ)もしくは、善光寺三社と言われる神社があります。
 湯福神社、妻科神社、武井神社がその三鎮守、三社で、いずれの神社も御柱祭を行います。
 これに、健御名方富命彦神別(たけみなかたとみのみこと ひこかみわけ)神社を入れて、6年ごとに交替で御柱祭を行っています。


 前回に続き、2010年の武井神社御柱祭の様子を写真で紹介します。

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 こちらは、「二之柱」(柱は2本でした)

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 来たる10月10日(月・祝)、湯福(ゆぶく)神社では24年ぶりとなる御柱祭が行われます。

 なぜ24年ぶりなのでしょう。

 善光寺界隈の旧長野町では、「湯福神社」「健御名方富命彦神別(たけみなかたとみのみこと ひこかみわけ)神社」「妻科(つましな)神社」「武井(たけい)神社」の4社が順番で、7年目ごとに(6年に1度)御柱祭を交替で行っています。
 ですから、4×6年=24年ぶりなのです。
 ところが、実際には、事情により1度開催ができないことがあると、遅れますので、24年より間隔が開いてしまうこともあるのです。

 前回の湯福神社の御柱祭は24年前の1992年でしたが、次の湯福神社の御柱祭が24年後の2040年に行える確証はありません。
 いかに、今回の湯福神社の御柱祭が貴重かがわかります。

 町によっては、2つの神社の氏子になっていたり、そもそも「健御名方富命彦神別神社」は、湯福・妻科・武井神社の氏子がすべて氏子になっていることもあり、負担を考えて、このようなやり方が取り決められたのでしょう。


 24年前の湯福神社の御柱祭を私は見ていないので、前回6年前(2010年9月26日)の武井神社の御柱祭の写真を紹介します(いずれも、権堂アーケードで撮影しました)。

 馬や木遣りなどを先頭に、1日かけて氏子の町を御柱がめぐり、最後に神社の境内に建てます。

 10月10日に向けて、気持ちを盛り上げていくきっかけになれば幸いです。(小林竜太郎)


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 権堂のイトーヨーカドーの少し南側、「長野東宝中劇」という映画館の跡の一部で、新たに木造の居酒屋の新築工事が行われています。しばらく空き地だったのですが、ついに建物が建ちます。(全部ではなくて、跡地の一部は、コインパーキングです)

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 長野東宝中劇は、戦後の昭和23年(1948)に上映を始めた市営長野中央映画劇場が前身です。2007年4月に、惜しまれながら閉館しました。ここは、ドラえもんの上映館でしたから、とりわけ「この場所で子どもの頃初めて映画を観た!」と懐かしく思う長野市民も多いことでしょう。
 スタジオジブリの「となりのトロロ」「火垂るの墓」もここで上映されました。

 最終日の上映もやっぱり「ドラえもん」。私も最終上映に足を運び、「ドラえもん のび太の新魔界大冒険 ~7人の魔法使い~」を観たことを思い出します。

 閉館当時の様子
  小林玲子の善光寺表参道日記 来月閉館の「長野東宝中劇」


 権堂では、大型店を含む再開発計画が持ち上がっています。ここがその対象エリアになるのかどうかはわかりません。でも、まちに駐車場が増えて行く中、このような民間での新築工事は、とても貴重に思います。
 
 ところで、長野郷土史研究会青年部では、9月24日(土)に「まちなか 映画館と映画館跡めぐりツアー」を計画しています。16時に、中央通りの権堂アーケード西側入口(旧つづきや前)に集合。1時間程かけて、権堂や西鶴賀周辺を歩きます。(申し込み不要、参加費500円)
 
 もちろん、この中劇跡も行きますよ。
 権堂や西鶴賀には、長野東宝グランド、長野東映、長野映画劇場・長野ピカデリー、菊田劇場・長野商工会館(後のニュー商工)などの映画館もかつてありました。
 
 映画館を通して、長野のまちの記憶をたどることで、次のまちづくりへのヒントも得られるかもしれません。

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 善光寺表参道の中央通り、そして406号線の大門から西を走っているアルピコ交通「川後経由 滝屋行き」の路線バスがあります。1日に、平日と土曜日にわずか4本、日曜祝日は運休です。

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 同じ道を、戸隠中社行きや、鬼無里行きも走っていますが、戸隠や鬼無里という地名なら、長野市民にはよく知られています。でも「川後」や「滝屋」ってどこなのかは(その地域の方には申し訳ないですが)ほとんど知られていないのではないでしょうか。

 ダイヤはこちら↓ (川後線) 
https://www.alpico.co.jp/access/nagano/kinasa/


 川後は小田切地区、終点の滝屋は七二会地区です。長野市街地から近い、中山間地です。川後にはかつて、小田切小学校と、小田切中学校がありましたが、それぞれ1997年と98年に閉校しました。もとは川中島バスの路線でしたが、現在は長野市がアルピコ交通に委託している廃止路線代替バスです。

 この路線バスは小田切地区の小中学生が加茂小学校や西部中学校に通う足として走り続けています。

 私は1度だけ、このバスで川後まで行ったことがあります。狭い道のカーブをうまくハンドルを切りながら走る運転手の腕は熟練者の技です。

 小田切地区(小田切村)は昭和29年に長野市に合併しました。現在、長野市の住民自治協議会レベルでは最も小さな地区で、人口は800人余。
 このバスを見るたびに、中山間地に囲まれて長野というまちがあるのだということを大事にしなければという思いになります。
 いつまでも頑張り続けてほしい路線です。

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  長野市民会館(2011年閉館)跡に、新しい長野市役所第一庁舎と合築された「長野市芸術館」が2016年5月8日に開館しました。メインホールのこけら落としは8日でしたが、11日には芸術館3階の「アクトスペース」でこけら落としの演劇公演がありました。

 アクトスペースは、長野芸術館内の演劇・ダンス主体の多目的ホール独自の名称で、全国でもここにしかない名称です。

 「長野市芸術館アクトスペースと 門前町長野の小劇場のためのイヤーブック THE ACT(ジ・アクト)」が発行されました。28ページほどの冊子で、今後芸術館で無料配布されます。


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 その「THE ACT(ジ・アクト)」に、「善光寺横の劇場から、長野市芸術館へ ~まちと映画館の視点を交えて~」という文章を寄稿しました。明治の初め、善光寺に隣接していた常磐井座(ときわいざ)や三幸座(みゆきざ)、また権堂にできた千歳座(現・相生座)などが、今の長野市の劇場のルーツであることを書いてみました。

 映画館と劇場の区分がはっきりするのは、第2次大戦後のことで、それまでは芝居や演劇を行う劇場が、映画の上映や催し物など市民ホールの役割も担ってきました。

 長野の演劇文化発祥の地は、やはり善光寺界隈です。

 機会がありましたら、お手にとってご覧ください。(小林竜太郎)

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小林竜太郎の門前町・昔ものがたり

長野郷土史研究会青年部/光竜堂代表の小林竜太郎さんが、知ると門前生活が面白くなる歴史トピックスをご紹介。
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