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 2年に1度、全国各地にある善光寺とゆかりのある寺が会員になっている「全国善光寺会」の総会が長野市で行われます。これを「善光寺サミット」といいます。

 今年2013年は、その2年に1度の「善光寺サミット」の年で、11月19日・20日に開かれます。講演会には、瀬戸内寂聴さんが招かれます。

 今年は、全国善光寺会が設立されて、20周年の節目でもあります。

 全国善光寺会の会員は、現在、北は北海道から南は鹿児島まで、200以上の寺や神社となっています。

 首都東京を中心に日本がある、歴史のまち京都を中心に日本があるなどというとらえ方ができますが、善光寺を中心にした日本、いや世界があるというとらえ方も存在するのです。

 何気なく暮らしていると忘れがちですが、善光寺は、各地の人にとっての精神的な中心地、聖地となっています。善光寺と深い縁で結ばれていると信じてくれている人たちが各地に大勢いるのです。そういう方からは、善光寺は崇高な存在ですし、その門前で暮らす人たちも、同じく崇高な存在に見られています。

 私は門前町の案内ガイドをしてきて、これまで全国各地から訪れる方とふれあう機会がありました。善光寺についてある程度知っていることも大事ですが、全国各地の地名や諸事情についても知っていないと失礼なことになると、気が付かされました。

 自分が旅先で、善光寺のことを大事に思っていたり、よく知りたいといった人と出会ったら、嬉しいです。それと同じで、門前の人も、謙虚に各地のことを知ろうとする気持ちが、突き詰めていくと、おもてなしにつながるのではないかと思います。

 
 
 

 

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 2015年3月に金沢まで延伸される予定の北陸新幹線で一番速い列車の名前がこのたび、「かがやき」に決まりました。「かがやき」は、かつて1988年から1997年まで、長岡~金沢・和倉温泉・福井間を結んでいた特急列車の名前と同じです。かつての「かがやき」は長野は停車しませんでしたが、これからの新幹線「かがやき」は全列車が長野にも停車します。

 しかし、具体的に何が「かがやき」なのかははっきりしませんので、山の名前である「あさま」とはニュアンスが異なります。何が「かがやき」なのかは、自由に想像することができます。

 「加賀百万石の輝き」・・・ある番組では、そうインタビューに答えていた人がいました。金沢は金箔の生産で日本一で、伝統工芸のイメージもあります。

 北陸だけの「かがやき」ではありません。長野はどうでしょう。長野オリンピックのメダルや、スキー場の雪の輝きもイメージされるかもしれません。長野では「長野かがやき国体」や「北信越かがやき総体」も開催されました。

 輝きといえば、私は、善光寺御開帳の際に公開される「前立本尊(まえだちほんぞん)」を思います。前立本尊は、7年目ごとの御開帳の時だけ拝める仏様ですが、その金色の輝きには、毎回感動させられます。暗い回廊をめぐる「お戒壇めぐり」の闇の世界とはまさに正反対だからこそ、余計に見る人の心に輝きを感じさせるのかもしれません。

 前立本尊の写真(前回の御開帳のサイトより)

 「かがやき」は未来をイメージさせるだけでなく、長野県を含む北陸新幹線沿線の伝統文化にもふさわしいネーミングと言えます。

 2015年春の新幹線金沢延伸も、善光寺御開帳も、あともう1年半後に迫りました。

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 善光寺大本願の駐車場の一角に、小さな神社があります。大門上(だいもんかみ)のお宮で、1つの建物に、諏訪、三峰、白山(はくさん)の3柱の神様がおまつりされてます。

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 もともとは、大本願の神社でしたが、明治時代の神仏分離によって、大門上組のお宮となりました。大門町は南と上(かみ)でお宮が分かれています。大門上とは、北は善光寺境内入口の交差点から、南は国道406号線までです。

 白山神社は、石川県白山市に本社があり、加賀の国の一の宮です。正式には「白山比咩(しらやまひめ)神社」と言います。

 白山神社は、全国に三千社もあるとされますが、ここ善光寺にもまつられました。

 しかもこの神社の神様は、三峰は埼玉県、諏訪は長野県、白山は石川県で、東京から信州を経て北陸に向かう北陸新幹線のルート沿線の県の神様がそろっておまつりされているのが、面白いことです。

 

 

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 善光寺表参道の問御所町にある栽松院(さいしょういん)本堂入口に、「栽松院」と書かれた古い額がかかっています。

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 この額の字を書いたのは、江戸時代の後期、大乗寺(だいじょうじ)の住職だった、愚禅(ぐぜん)という方です。96歳の時に書かれたということですから、たいへん長命だったのですね。

 大乗寺は、金沢にある曹洞宗の名刹で、700年余の歴史があります。

 栽松院は、大乗寺の系統のお寺だったことから、愚禅和尚が額の字を書かれたのだと考えられます。
 額は、今の栽松院の本堂よりも古く、1847年に起こった善光寺地震よりさらに20年位前に書かれた貴重なものです。

 愚禅和尚は、武蔵国、今の埼玉県の生まれで、埼玉県のホームページでも埼玉ゆかりの偉人として紹介されています。

 武蔵国から金沢へは善光寺門前を通るのが最短ルートです。参勤交代の大名行列も通ったように、愚禅和尚も、武蔵国と金沢への行き来には、この善光寺の門前町、栽松院の前を通っていたのかもしれません。この町は、文化の行き交う場所でした。

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 8月31日で、権堂にある老舗喫茶店「奈良堂(珈琲の奈良堂)」が閉店することになりました。

 8月10日付の長野市民新聞は、1面で報じました。マスターは営業を続けたい思いがありましたが、建物の契約が切れ、壊されることになったための閉店です。

 昭和22年(1947)の開店から、66年の長きに渡って続いてきた伝統が終わろうとしています。

 名物ママが「私は歴史が好きなのよ」と話してくださったり、雨の日に帰れなくなり店内でずっと待たせていただいたり、何時間も郷土史の話を友と語り合ったり、映画館に行った後で感想を語り合ったり、シャンソンのコンサートを聴いたり、妻と結婚式の打ち合わせをしたり、・・・と思い出はつきません。

 この奈良堂は芸術家たちの社交場であり、多くの催し物のポスターが今も貼られ、まさに長野の文化の発信基地となってきました。近年、門前にカフェが増えましたが、ここまで伝統に加え、文化を発信し続けてきたカフェは、長野市では奈良堂をおいてほかにないのではないかと思います。
 
 どうぞ、思い出のある方も、行ったことがない方も、最後の奈良堂にお出かけください。昔を懐かしむだけでなく、長野っていいまちだということを再確認するために。

 最終日の31日は、コーヒーが無料です。

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 奈良堂の2階。スピーカーから流れる音楽が心地よい。2階へもぜひ足を運んでください。

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小林竜太郎の門前町・昔ものがたり

長野郷土史研究会青年部/光竜堂代表の小林竜太郎さんが、知ると門前生活が面白くなる歴史トピックスをご紹介。
善光寺びんずる市

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善光寺表参道ギャラリーライン

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もんけん通信

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