この記事へのリンク

 新年明けましておめでとうございます。

 最近、こちらのブログではごぶさたしていましたので、近況の報告からです。

 昨年は、私にとって、善光寺参り絵解き図の絵解きを始めた年でした。今年は、善光寺御開帳です。絵を指し示しながら、善光寺や門前を語る、長野の伝統文化である「絵解き」を全国の方に知っていただく機会にしたいと張り切っています。

 長野信用金庫大門町支店のディスプレーでは、長野郷土史研究会が、門前界隈の歴史的魅力を伝えるパネル展示を6月末から行っています。3カ月ごとに内容を入れ替えています。

mukashi102.jpg.jpg


 また、昨年は、「未来に伝えたい『日本一古い映画館』相生座の価値」という文章を、長野郷土史研究会『長野』297号(10月号)に発表しました。今年は、「長野はなぜ『日本一古い映画館』のある町になったのか」という文章を発表し、さらに、映画館のある町としての長野の魅力を発信したいと思います。


 さて、ここからは、個人的に考えているのこれからの課題です。
 長野の門前町が歩いて暮らせるまちであることを具体的に発信する必要があると思います。

 というのも、東京などの大都市では、クルマを持っていない若者が多いでしょう。持たなくても生活の幅が広がります。それがまた、いっそう大都市に若者を(もちろん高齢者も)ひきつける理由にもなっている気がするのです。

 では、長野において、クルマを持たない、ないし、クルマに頼らないでどこまで生活はできるでしょうか。 実は、私自身、クルマを持っていないから、そのテーマは切実です。とはいえ、これまでそれを表に出していなかった理由は、持っていなくても周りの方に乗せてもらう機会があるので、それにどうしても引け目を感じていた部分があるからです。

 善光寺周辺というのは、当然ですが、もともと、クルマのない時代につくられたまちを基盤にしています。そして、郊外化が進んだ今でも、長野駅前から善光寺にかけては、商業だけでなく、様々な機能が集まる場所であり、長野市の大きな特長です。クルマがなくても生活ができることを強く打ち出せるかが、移住者を増やせるかの鍵になるのだと思います。 それを伝えることは、クルマに乗る人にとっても、いざという時の安心になります。
 
 以下は、子育てしながら、具体的に困ることのあるケースです。

●保健センターに検診に行くのに公共交通機関が不便であること。(行政の機能が集まる中心市街地ですが、保健センターがありません。)
●医療機関は中心市街地界隈に多いのですが、特に、耳鼻科が近くになくて困ります。(以前には、東之門町や新田町にあったのですが...)
●自転車が使いやすくても、大雨、大雪の時どうするかが課題。
●荒物屋さんが少ない。

 これらは、うまくタクシーを利用したり、郊外に行く時はまとめて用事を済ませたり、宅配サービスを利用すればカバーできます。
 昔は当たり前だった歩く生活。それを多くの人が大事だと再認識して、課題を解決していく知恵が集まれば、もっともっと門前町の暮らしはよくなると思います。

この記事へのリンク

 「しまんりょ小路」は、善光寺表参道(中央通り)の栽松院(問御所町)から、錦町通り・千歳町通りの交差点(南千歳町)を結ぶ道です。もともとは、さらにその先にも伸びていて、栗田へ通じる道で、「栗田街道」とも呼ばれました。しまんりょとは、栽松院の入口の観音堂「島の寮(しまのりょう)」からついた名前です。

 そのしまんりょ小路の表参道(中央通り)側の入口に、ついこの数日の間に、ちょうちん風の案内ができていました。

 夜には、灯りがともり、目立ちます。

 このように、小路の名前が、他の小路の入口にも表示され、門前町の小路がもっと知られることになれば、嬉しいです。(小林竜太郎)

この記事へのリンク

 本日2013年11月18日、建て替えをしていた「長野信用金庫大門町支店」が再オープンしました。信濃毎日新聞には、大きな広告が載りました。

 mukashi100.jpg

 その広告によると、昭和18年(1943)、長野信用金庫本店が若松町の市役所内から大門町に移転してきて、3階建てだった建物はその後、5階建てのビルに建て替えられました。昭和53年(1978)に居町に本店が移るまで、本店として使われてきました。その5階建てのビルが、今回の建て替えで、2階建てになりました。

 今ある、できるだけ多くの建物が残され、受け継がれてほしいものです。個人的には、重厚感のある5階建ての建物も好きで、建て直すことになったのには驚きましたが、機能も、景観も、もう今の門前にはふさわしくなくなってしまっていたのでしょう。
 
 大門町には、建物の高さを15メートル以下とする高さ規制があります。善光寺を守るためでもありますが、規模を縮小することは、人口も経済も縮小する日本の将来の、身の丈にあった暮らし方のためにも必要です。
 5階建てでも建てられるところ、長野信用金庫が階を減らしたことを、誇りにしたいと思います。


 ●私の「門前町・昔ものがたり」のブログ記事は、おかげさまで今回で100回に達しました。今後の更新は、ゆっくり目になると思います。
 善光寺参り絵解き図制作プロジェクトにも、門前のことを書いていますので、よろしくお願いします。

(小林竜太郎)

 

この記事へのリンク

 2年に1度、全国各地にある善光寺とゆかりのある寺が会員になっている「全国善光寺会」の総会が長野市で行われます。これを「善光寺サミット」といいます。

 今年2013年は、その2年に1度の「善光寺サミット」の年で、11月19日・20日に開かれます。講演会には、瀬戸内寂聴さんが招かれます。

 今年は、全国善光寺会が設立されて、20周年の節目でもあります。

 全国善光寺会の会員は、現在、北は北海道から南は鹿児島まで、200以上の寺や神社となっています。

 首都東京を中心に日本がある、歴史のまち京都を中心に日本があるなどというとらえ方ができますが、善光寺を中心にした日本、いや世界があるというとらえ方も存在するのです。

 何気なく暮らしていると忘れがちですが、善光寺は、各地の人にとっての精神的な中心地、聖地となっています。善光寺と深い縁で結ばれていると信じてくれている人たちが各地に大勢いるのです。そういう方からは、善光寺は崇高な存在ですし、その門前で暮らす人たちも、同じく崇高な存在に見られています。

 私は門前町の案内ガイドをしてきて、これまで全国各地から訪れる方とふれあう機会がありました。善光寺についてある程度知っていることも大事ですが、全国各地の地名や諸事情についても知っていないと失礼なことになると、気が付かされました。

 自分が旅先で、善光寺のことを大事に思っていたり、よく知りたいといった人と出会ったら、嬉しいです。それと同じで、門前の人も、謙虚に各地のことを知ろうとする気持ちが、突き詰めていくと、おもてなしにつながるのではないかと思います。

 
 
 

 

この記事へのリンク

 2015年3月に金沢まで延伸される予定の北陸新幹線で一番速い列車の名前がこのたび、「かがやき」に決まりました。「かがやき」は、かつて1988年から1997年まで、長岡~金沢・和倉温泉・福井間を結んでいた特急列車の名前と同じです。かつての「かがやき」は長野は停車しませんでしたが、これからの新幹線「かがやき」は全列車が長野にも停車します。

 しかし、具体的に何が「かがやき」なのかははっきりしませんので、山の名前である「あさま」とはニュアンスが異なります。何が「かがやき」なのかは、自由に想像することができます。

 「加賀百万石の輝き」・・・ある番組では、そうインタビューに答えていた人がいました。金沢は金箔の生産で日本一で、伝統工芸のイメージもあります。

 北陸だけの「かがやき」ではありません。長野はどうでしょう。長野オリンピックのメダルや、スキー場の雪の輝きもイメージされるかもしれません。長野では「長野かがやき国体」や「北信越かがやき総体」も開催されました。

 輝きといえば、私は、善光寺御開帳の際に公開される「前立本尊(まえだちほんぞん)」を思います。前立本尊は、7年目ごとの御開帳の時だけ拝める仏様ですが、その金色の輝きには、毎回感動させられます。暗い回廊をめぐる「お戒壇めぐり」の闇の世界とはまさに正反対だからこそ、余計に見る人の心に輝きを感じさせるのかもしれません。

 前立本尊の写真(前回の御開帳のサイトより)

 「かがやき」は未来をイメージさせるだけでなく、長野県を含む北陸新幹線沿線の伝統文化にもふさわしいネーミングと言えます。

 2015年春の新幹線金沢延伸も、善光寺御開帳も、あともう1年半後に迫りました。

Page 6 of 26« 4  5  6  7  8 »

小林竜太郎の門前町・昔ものがたり

長野郷土史研究会青年部/光竜堂代表の小林竜太郎さんが、知ると門前生活が面白くなる歴史トピックスをご紹介。
善光寺びんずる市

善光寺びんずる市

雑貨クラクサ

雑貨クラクサ

善光寺表参道ギャラリーライン

善光寺表参道ギャラリーライン

もんけん通信

もんけん通信

もんぜんまち劇場

もんぜんまち劇場

ナノグラフィカweb

ナノグラフィカweb

ネオンホール

ネオンホール

エネルギー研究会

エネルギー研究会

ページ先頭へ