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 善光寺大本願の駐車場の一角に、小さな神社があります。大門上(だいもんかみ)のお宮で、1つの建物に、諏訪、三峰、白山(はくさん)の3柱の神様がおまつりされてます。

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 もともとは、大本願の神社でしたが、明治時代の神仏分離によって、大門上組のお宮となりました。大門町は南と上(かみ)でお宮が分かれています。大門上とは、北は善光寺境内入口の交差点から、南は国道406号線までです。

 白山神社は、石川県白山市に本社があり、加賀の国の一の宮です。正式には「白山比咩(しらやまひめ)神社」と言います。

 白山神社は、全国に三千社もあるとされますが、ここ善光寺にもまつられました。

 しかもこの神社の神様は、三峰は埼玉県、諏訪は長野県、白山は石川県で、東京から信州を経て北陸に向かう北陸新幹線のルート沿線の県の神様がそろっておまつりされているのが、面白いことです。

 

 

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 善光寺表参道の問御所町にある栽松院(さいしょういん)本堂入口に、「栽松院」と書かれた古い額がかかっています。

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 この額の字を書いたのは、江戸時代の後期、大乗寺(だいじょうじ)の住職だった、愚禅(ぐぜん)という方です。96歳の時に書かれたということですから、たいへん長命だったのですね。

 大乗寺は、金沢にある曹洞宗の名刹で、700年余の歴史があります。

 栽松院は、大乗寺の系統のお寺だったことから、愚禅和尚が額の字を書かれたのだと考えられます。
 額は、今の栽松院の本堂よりも古く、1847年に起こった善光寺地震よりさらに20年位前に書かれた貴重なものです。

 愚禅和尚は、武蔵国、今の埼玉県の生まれで、埼玉県のホームページでも埼玉ゆかりの偉人として紹介されています。

 武蔵国から金沢へは善光寺門前を通るのが最短ルートです。参勤交代の大名行列も通ったように、愚禅和尚も、武蔵国と金沢への行き来には、この善光寺の門前町、栽松院の前を通っていたのかもしれません。この町は、文化の行き交う場所でした。

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 8月31日で、権堂にある老舗喫茶店「奈良堂(珈琲の奈良堂)」が閉店することになりました。

 8月10日付の長野市民新聞は、1面で報じました。マスターは営業を続けたい思いがありましたが、建物の契約が切れ、壊されることになったための閉店です。

 昭和22年(1947)の開店から、66年の長きに渡って続いてきた伝統が終わろうとしています。

 名物ママが「私は歴史が好きなのよ」と話してくださったり、雨の日に帰れなくなり店内でずっと待たせていただいたり、何時間も郷土史の話を友と語り合ったり、映画館に行った後で感想を語り合ったり、シャンソンのコンサートを聴いたり、妻と結婚式の打ち合わせをしたり、・・・と思い出はつきません。

 この奈良堂は芸術家たちの社交場であり、多くの催し物のポスターが今も貼られ、まさに長野の文化の発信基地となってきました。近年、門前にカフェが増えましたが、ここまで伝統に加え、文化を発信し続けてきたカフェは、長野市では奈良堂をおいてほかにないのではないかと思います。
 
 どうぞ、思い出のある方も、行ったことがない方も、最後の奈良堂にお出かけください。昔を懐かしむだけでなく、長野っていいまちだということを再確認するために。

 最終日の31日は、コーヒーが無料です。

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 奈良堂の2階。スピーカーから流れる音楽が心地よい。2階へもぜひ足を運んでください。

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 2014年度末、新幹線が富山県を通り、石川県金沢まで延伸されます。将来は福井県にも延びる予定です。
 引き続き、善光寺周辺と北陸とのつながりを考えてみましょう。

 石川県の人に聞いてみましょう。
 「『門前』『門前町』って、知っていますか?」
 おそらく、多くの人が知っていると答えるはずです。
 長野県の人より、よほど、「門前」という言葉にピンとくるでしょう。

 現在では、合併して、石川県輪島市門前町になりましたが、2006年まで、石川県には、その名もずばり「鳳珠郡(ほうすぐん)門前町(もんぜんまち)」という自治体があったのです。門前町というのが、そのまま1つの自治体の町の名前だったのは、全国でもここだけでした。

 石川県立門前高校という学校もあり、文化祭の名称は、「門前祭」なのだそうです。


 石川県門前町は、能登半島の西部にあり、曹洞宗総持寺祖院(そうじじそいん)の門前町でした。

 総持寺は、越前(福井県)の永平寺と並ぶ曹洞宗の大本山でしたが、明治31年(1898年)に焼失し、横浜の鶴見に移転してしまいます。その跡に、現在の総持寺祖院というお寺ができました。

 その総持寺には、信州の善光寺とかかわりのある、こんなお話があります。(小林玲子の善光寺表参道日記より)

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 昔、総持寺に味噌(みそ)すりが仕事の小僧さんがいました。
 小僧さんの唯一の願いは「一生に一度は善光寺参り」。
 いつも境内のお地蔵様に手を合わせていました。
 するとある時、お地蔵様が小僧さんに替わって味噌すりを引き受け、善光寺参りをさせてくれたのです。
 それ以来、このお地蔵様は「味噌すり地蔵」と呼ばれています。

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 このお話は有名で、1985年には、人気テレビアニメ「まんが日本昔ばなし」でも放送されました。

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 2014年度末、新幹線が富山県を通り、石川県金沢まで延伸されます。将来は福井県にも延びる予定です。
 引き続き、善光寺周辺と北陸とのつながりを考えてみましょう。

 善光寺本堂前の大香炉は、参拝者がお線香を入れ、その煙を体に浴びるため立ち寄る、善光寺参拝になくてはならないものです。

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 この大香炉は、富山県の高岡市でつくられました。

 高岡と言えば、銅器の町で、善光寺では六地蔵や、長野駅前の如是姫像(現在は、駅前工事のため非公開)なども高岡でつくられました。全国的にも多くの銅器が高岡でつくられていますので、それ自体は珍しいことではありません。

 しかし、この大香炉は、本堂側から見ると、 はっきりと、
「昭和三十一年七月 富山県高岡市 高岡鋳芸社 堺幸山謹製」
と書かれているのが、特徴です。

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 高岡鋳芸社のホームページがあります。こちらです。慶応年間1848年創業の老舗であることがわかります。老舗というだけでなく、新たな分野にも挑戦し続けています。
 
 新たに製造される北陸新幹線(長野行きにも一部使用)の車両E7、W7系は、北陸の伝統工芸品である銅器や象嵌の銅色が帯に採用されることになりました。これまでの新幹線にはない、伝統を感じる色調となることでしょう。
 高岡の伝統の恩恵を、長野の人もますます受けるようになります。

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小林竜太郎の門前町・昔ものがたり

長野郷土史研究会青年部/光竜堂代表の小林竜太郎さんが、知ると門前生活が面白くなる歴史トピックスをご紹介。
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