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 8月31日で、権堂にある老舗喫茶店「奈良堂(珈琲の奈良堂)」が閉店することになりました。

 8月10日付の長野市民新聞は、1面で報じました。マスターは営業を続けたい思いがありましたが、建物の契約が切れ、壊されることになったための閉店です。

 昭和22年(1947)の開店から、66年の長きに渡って続いてきた伝統が終わろうとしています。

 名物ママが「私は歴史が好きなのよ」と話してくださったり、雨の日に帰れなくなり店内でずっと待たせていただいたり、何時間も郷土史の話を友と語り合ったり、映画館に行った後で感想を語り合ったり、シャンソンのコンサートを聴いたり、妻と結婚式の打ち合わせをしたり、・・・と思い出はつきません。

 この奈良堂は芸術家たちの社交場であり、多くの催し物のポスターが今も貼られ、まさに長野の文化の発信基地となってきました。近年、門前にカフェが増えましたが、ここまで伝統に加え、文化を発信し続けてきたカフェは、長野市では奈良堂をおいてほかにないのではないかと思います。
 
 どうぞ、思い出のある方も、行ったことがない方も、最後の奈良堂にお出かけください。昔を懐かしむだけでなく、長野っていいまちだということを再確認するために。

 最終日の31日は、コーヒーが無料です。

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 奈良堂の2階。スピーカーから流れる音楽が心地よい。2階へもぜひ足を運んでください。

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 2014年度末、新幹線が富山県を通り、石川県金沢まで延伸されます。将来は福井県にも延びる予定です。
 引き続き、善光寺周辺と北陸とのつながりを考えてみましょう。

 石川県の人に聞いてみましょう。
 「『門前』『門前町』って、知っていますか?」
 おそらく、多くの人が知っていると答えるはずです。
 長野県の人より、よほど、「門前」という言葉にピンとくるでしょう。

 現在では、合併して、石川県輪島市門前町になりましたが、2006年まで、石川県には、その名もずばり「鳳珠郡(ほうすぐん)門前町(もんぜんまち)」という自治体があったのです。門前町というのが、そのまま1つの自治体の町の名前だったのは、全国でもここだけでした。

 石川県立門前高校という学校もあり、文化祭の名称は、「門前祭」なのだそうです。


 石川県門前町は、能登半島の西部にあり、曹洞宗総持寺祖院(そうじじそいん)の門前町でした。

 総持寺は、越前(福井県)の永平寺と並ぶ曹洞宗の大本山でしたが、明治31年(1898年)に焼失し、横浜の鶴見に移転してしまいます。その跡に、現在の総持寺祖院というお寺ができました。

 その総持寺には、信州の善光寺とかかわりのある、こんなお話があります。(小林玲子の善光寺表参道日記より)

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 昔、総持寺に味噌(みそ)すりが仕事の小僧さんがいました。
 小僧さんの唯一の願いは「一生に一度は善光寺参り」。
 いつも境内のお地蔵様に手を合わせていました。
 するとある時、お地蔵様が小僧さんに替わって味噌すりを引き受け、善光寺参りをさせてくれたのです。
 それ以来、このお地蔵様は「味噌すり地蔵」と呼ばれています。

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 このお話は有名で、1985年には、人気テレビアニメ「まんが日本昔ばなし」でも放送されました。

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 2014年度末、新幹線が富山県を通り、石川県金沢まで延伸されます。将来は福井県にも延びる予定です。
 引き続き、善光寺周辺と北陸とのつながりを考えてみましょう。

 善光寺本堂前の大香炉は、参拝者がお線香を入れ、その煙を体に浴びるため立ち寄る、善光寺参拝になくてはならないものです。

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 この大香炉は、富山県の高岡市でつくられました。

 高岡と言えば、銅器の町で、善光寺では六地蔵や、長野駅前の如是姫像(現在は、駅前工事のため非公開)なども高岡でつくられました。全国的にも多くの銅器が高岡でつくられていますので、それ自体は珍しいことではありません。

 しかし、この大香炉は、本堂側から見ると、 はっきりと、
「昭和三十一年七月 富山県高岡市 高岡鋳芸社 堺幸山謹製」
と書かれているのが、特徴です。

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 高岡鋳芸社のホームページがあります。こちらです。慶応年間1848年創業の老舗であることがわかります。老舗というだけでなく、新たな分野にも挑戦し続けています。
 
 新たに製造される北陸新幹線(長野行きにも一部使用)の車両E7、W7系は、北陸の伝統工芸品である銅器や象嵌の銅色が帯に採用されることになりました。これまでの新幹線にはない、伝統を感じる色調となることでしょう。
 高岡の伝統の恩恵を、長野の人もますます受けるようになります。

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 2014年度末、新幹線が富山県を通り、石川県金沢まで延伸されます。将来は福井県にも延びる予定です。
 引き続き、善光寺周辺と北陸とのつながりを考えてみましょう。

 毎年行われるようになった善光寺の夏の恒例行事が、8月14、15日の善光寺お盆縁日です。今年も既に、善光寺境内には、寄進者の名前が掲示されていました。

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 その中に、「北陸コカ・コーラボトリング」という名前を見つけました。長野なのに、なぜ北陸の会社が飲み物を提供しているのでしょうか?

 北陸3県(富山、石川、福井)と長野県で売られているコカ・コーラ関連の清涼飲料水は、この「北陸コカ・コーラボトリング」という会社が販売しているのです。

 北陸コカ・コーラボトリングの本社は、富山県高岡市にあり、その工場は、砺波市にあります。天然水「い・ろ・は・す」などがここで製造されています。長野の私たちも、富山の水のお世話になっているのですね。

 なお、以前、長野県には「長野コカ・コーラボトリング」という独自の会社がありましたが、1999年10月に、北陸コカ・コーラボトリングに吸収合併されました。ちょうど1999年10月は、上信越自動車道が全通し、長野が北陸と直接高速道路でつながった時で、北陸から長野への飲料の輸送の便も格段によくなったという事情がありました。

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 2014年度末、新幹線が富山県を通り、石川県金沢まで延伸されます。将来は福井県にも延びる予定です。
 引き続き、善光寺周辺と北陸とのつながりを考えてみましょう。


 江戸時代には、参勤交代といって、諸大名は、地元と江戸とを定期的に行き来しなければなりませんでした。
 善光寺門前は、今の善光寺表参道・中央通りを通り、そこから横町、岩石町、新町を通って、今の相ノ木通りへと続く道が北国街道で、参勤交代の大名行列が通りました。
 
 なかでも有名なのは、百万石の大名、加賀藩(城下町は今の石川県金沢市)の前田家で、2,500人もの大行列だったと伝えられています。

 その他、高田藩(新潟県上越市)、富山藩(富山県富山市)、大聖寺藩(石川県加賀市)の大名行列も、善光寺門前を通って北陸と江戸とを行き来しました。

 まさに、今の新潟県上越地方、富山県、石川県の人が江戸に出るのに、善光寺門前は、ルートが変わることもあったようですが、重要な街道として位置づけられていました。

 なお、今の福井県の大名は、そのまま南下して中山道などに出ていたため、善光寺門前は通っていなかったようです。
 
 江戸から北陸までは2週間ほどもかかる長旅でした。善光寺門前は、自然の中、峠道を越えて、旅をしていた江戸時代の人々の目に、城下町でもないのに人が集まっている特別な町として映ったことでしょう。

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小林竜太郎の門前町・昔ものがたり

長野郷土史研究会青年部/光竜堂代表の小林竜太郎さんが、知ると門前生活が面白くなる歴史トピックスをご紹介。
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