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横沢町に住んでいる服部さんが炭焼きをやるというので
現場にお邪魔しました。

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窯の前に「炭を焼いています」の立て札。
けむりを見て火事だと思ってかけつける人もいるので
このような対策をしているそうです。

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服部さんの炭焼き小屋から長野市内をみわたす。
天気がよければアルプスもみえる見晴らしのよさ。

善光寺から歩いてわずか15分でこの景色です。
場所は狐池の民家地帯の上、人しか通れない坂道を
エッチラオッチラのぼったところにあります。


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服部さん、窯の前に陣取るの図。
焼いているのは竹炭です。すぐ上の山にたくさん生えるので
それをなんとか利用できないものか、と考えたのがはじまりだとか。

服部さんがすごいのは10年かけて実験をくりかえし、
"一斗缶炭焼き法"を自力であみだしたことです。

また、"まちなか"の暮らしに似合う気軽さと
日々の暮らしにある様々なものを有効利用するセンスが
たまらなくよいのです!


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着火直後は黒い煙が出ていたのに
しばらくすると白い煙がもくもくと出てきます。
こうなると竹に火がついて燃えている状態だそうです。
時間にすると15分くらい。
その日の風向きなどによっても違います。

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えんとつからは竹酢液が出てきます。
畑の虫除けや皮膚病、生ゴミのにおい消しなどいろいろに使えます。


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窯の入り口はこんな感じ。
たき付けは小枝やわりばし。うちわであおいで火をつけるのです。


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そしてこれは服部さんの秘密基地その1。
炭焼きの道具を保管したり、ちょっとした作業をします。
右下へ細い坂道が続いていますが
狐池のこのあたりはこんなくねくね細い道が
迷路のように民家の間を走っています。

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こんな感じ。これはなかでも細い方の道です。


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炭焼きの進み具合をみながら、秘密基地その2でお茶タイム。
さきほどの煙突から出ていた白い煙が透明な青い煙になったら
空気口をとじて火を消し、炭化させます。
一日たてば立派な炭のできあがりです。

というわけで、服部さんの炭焼き。
近くにこんな場所があることと、
暮らしを楽しんでいる人がいることを知り
うれしくなった次第であります。

(あやこ記す)





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もうお正月だけど、しつこく年の瀬の餅つきレポートを。

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なかなか蒸しあがらないね... これじゃただの焚き火です。約45分経過。


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蒸し始めて小一時間が過ぎてから、いよいよ餅つき開始。まずは杵でもち米をグリグリとつぶす。
これを念入りにやっておかないと後で苦労するらしい。一番手は西之門町の長老、金井さん。


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西之門名物・傘屋の北沢区長もつきます! なんだかんだ言って、年配の方々はみなさん
とてもお上手でした。おそらくこの西之門町では、昭和40年代以降に杵と臼での餅つきが
行われたことが無い、とのこと。しかし、実際にやると身体が思い出すのでしょうか。


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子どもだってやります。大きくなってからも、この日のことを覚えていてくれたら嬉しいな。


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きなこ、あんこ、しょうゆに大根おろし...その場で味付けして、すぐに美味しくいただく。
通りがかった人にも振る舞います。


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最終的にはかなりにぎやかになりました。 
「また来年もやろう」「恒例にしたいよね」なんて嬉しい声も聞けました。
おおむね成功でしたね。楽しかったです...!
杵と臼ほかお餅つきセット一式を貸してくださった米屋東町さん、ありがとうございます!

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12月28日に西之門町でおもちつきをやりました!

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東町の米屋さんから借りたせいろと移動式の釜戸、そして杵と臼を用意して、さあスタート。
一日水に漬けたもち米を、まずは蒸します。こうして見るとスタートのメンバーは男ばかりですね。
西之門の老人クラブの人々と、ナノグラフィカスタッフ、そして東町の「ボンクラ」から助っ人も
登場! しかし...まず薪に火がつかず困り果ててます。


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30分ほどかかって、やっとなんとかなりそうな雰囲気に。薪は「日和カフェ」さんに
分けてもらいました。


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さらに30分ほど経過。どれくらい蒸したらいいのか、誰にもわからない...。 ご老体方も、
「なんだっけ・・前やったのが昔過ぎてわからない」「自分は手伝っただけだったから...」と
不安な顔をしてます。そこに通りがかりの叔母さんが登場。具合を見て「これは水を注した
方がいいね」と指示をくれました。さらに通りがかりの叔父さん(何かを配達中?)も
「まだ湿り気が足りない。男はしっかり濡らさなきゃだめだ!」と、際どくも的確なご意見を
くれました。自然と人が集まってきて、だんだん盛り上がって来ました!
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桜枝町の長屋に暮らす
森戸典子さんを訪ねました。
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「旭山がすぐ見えることや
 小路があったり古い家があったり
 いい町だなあと思っていました」

去年の秋、森戸さんは名古屋から長野へ移り住んできました。

もともとスキーが好きで志賀高原にはよく行っていたそうです。
信州への移住を考えはじめた時、山で暮らすという選択もあったけれど
いきなり山の生活はハードルが高いということで
長野市だったら生活の不便もないだろうと長野市内の物件を探しはじめた。


今暮らしている長屋は市内の不動産屋さんに紹介してもらった。

「日本人は誰も住まないけど外国人なら住むかな〜
 と思ってる物件があるんですよ。それ行ってみますか」
とその不動産屋の営業マンは言ったらしい。

「たまたま、担当してくれた営業マンの人が
 おもしろい人だったんです。
 だからこの長屋が見つかったんですよね」

そして案内してもらったところ、ひと目で気に入った。
名古屋という都会での暮らしが長い森戸さんにとっては
家賃も安いと感じられた。

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左上)仕事場入り口の掲げられた看板
右上)筆文字や絵をかくための画材、道具
左下)縁側から見える庭の草木
右下)寝室に飾ってあったレトロなカメラ

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森戸さんの職業はフリーライター。
学校を卒業後、デザイナーを目指し出版社に就職するが
「おしゃべり」な性質が功を奏し?次第に取材に出かけるようになり
気がつけばデザイナーの仕事ではなくライターの仕事をするようになった。
その後(だいぶ省略)フリーライターとして独立し
旅行雑誌や情報誌、単行本を中心に取材や原稿を執筆するようになる。

得意ジャンルは温泉と旅行記事全般。
県内の温泉にはほとんど足を運んでいるほか、全国の温泉事情にも詳しい。

「温泉は日本文化です。
 そして長野県にはいい温泉があります。でも、
 全国レベルで見たらとても素晴らしい温泉なのに、
 地元の人はあまり価値を感じていない場合が多い。
 価値を感じていないために
 昔から受け継がれてきた、その温泉独自の文化が
 失われてしまう場合もある。
 県内には知られていない、いい温泉があります。
 そのよさを書きたいです」



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森戸さんが暮らす長屋一軒分には
1階に2部屋、2階に2部屋、お勝手、トイレ、風呂、それから庭と縁側がある。


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左上)洗面所にはスキーのブーツと洗濯機がおいてあった
右上)お風呂の窓。窓枠の淡いグリーン色がお気に入り
左下)縁側のガラス戸についているカギ。しめるのにコツがいる
右下)お風呂や洗面所など水回りにはタイルが使ってある


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この家で、この町で暮らして1年以上が経つ。
仕事や生活、好きなこと。
いろいろなことが重なって、今はここで暮らしている。

「長野での暮らしもひとつの"旅"なんだと思います」

森戸さんが門前町のことを書くとしたらなんだろな〜と
ふと思いました。

(あやこ記す)


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西町南の区長、高橋進さん。区長になって13年目。
区長の任期はどの町もだいたい2年です。
10年以上区長を続けられている方は多くありません。

高橋区長はお勤めをしておられましたが
先代は今の場所で八百屋を営んでおられたとのこと。
昭和のはじめ頃はまちがにぎやかだった時代で
通りにお店がズラッと並んでいたそうです。
一銭店、八百屋、魚屋、肉屋、豆腐屋、酒屋、
銭湯、板金屋、染物屋、写真館、ふるい屋、
古物商、仕立て屋、麻雀屋、鍛冶屋、鉄砲屋・・・。

お店で働いた人たちはお店の敷地内に建てられた
長屋で暮らしていたそうです。
今もその数件が残っているとか。

現在、西町南の人口は100人くらい。
約40世帯が暮らしています。
昭和40年頃は人口が363人、世帯数は89。
今の3倍くらいの人が暮らしていました。
ひとつ屋根の下に三世代の夫婦が暮らした
家もあったそうです。

・・・・・

高橋区長のお話で一番いいなあ、と思ったのは
役員の会議のやり方でした。
町には公民館がないので、
役員の会議は歴代区長の自宅で行われてきました。
会議の後は、せっかく集まったので親睦もかねて
酒の席が用意されます。
会議のある日、区長の奥さんは午後からずっと
料理をつくるなどの準備に追われるらしい。
「今はもう年をとったからそんなに飲まなくなったですけど
 区長をはじめた頃はお酒の量も多かったですねえ」
と区長と奥さんは笑って当時の様子を語ってくれました。

区長や奥さんは大変だろうと思うのですが
町の和気あいあいとしたムードを感じて
公民館がないことも、それはそれでいいこともあるなあ、と
思ったのでした。

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